インド旅行記、アジア旅行記

汽車の中の少年 ―――――――――――――――――

 

 初めて鉄道に乗ったのはカルカッタ、ガヤ間でのことだ。二等車とはいえ、そこは快適だった。
 ぼくは、寝台の一番上を一人独占して寝ころび、窮屈そうに縮こまって座る混雑した下界を見下ろしていた。しかし、それにしても退屈だった。ここからでは外の景色も見えない。とはいえ、自らあの混雑極まりない下界に降りるのはためらわれる。

 時間を持て余すとタバコが欲しくなるのが人情ではないか。

 少なくともこの時ぼくは、人情というものの機微を沈着冷静に鋭い内省を以て、しかしあくまで自分に寛大にそう解釈した。

 しかし、ここは汽車の中。

 灰皿も喫煙室などというハイカラなるものも、どうやら見当たらない。ぼくはだから、暫く辛抱した。

 しかし、どうにも吸いたい原因ができた。

 原因とは、一杯のチャイに他ならない。

 素焼きの器に注がれたそのミルクティーは、ほんのり甘く芳醇な香り立つ上品な味わいのもので、この国はやはり紅茶の原産地なのだなということをしみじみ思い起こさせる。

 というのは、旅番組のタレントの尤もらしい台詞。

 しかし、実際はこんな風だ。

 粗末な素焼きの器は、できの悪い小さな土器を思わせる。その中に注がれた紅茶は品質からいえば最低ランクのもので、それゆえ?甘味をきつくしているが、風味などは殆どない。口の中に粘っこく残る甘さが消えると、苦みではなく渋みが舌に広がる。でも、うまい。妙にうまい。
 そんなうまいチャイにはどうしてもタバコ無しでいられないのは人間の生理学的特質上、至極当然な反応ではなかろうか。

 と、そんな訳でどうにもこうにもチャイだけで済ますのがもったいないと感じてしまう貧乏性のぼくは、下界のインド人に問うてみた。

 「タバコ、吸いたいんだけど。」

 「ノープロブレムだ。」

 「灰皿無いんだけど。」

 「床に落とせばいい。」

 当然じゃないかと、そんな顔つきで彼はいう。

 「なら、一本くれろ。」

 ぼくはタバコを切らしていた。

 彼は自分の分と、二本のビリーを出すと、一本分けてくれた。

 ビリーは乾燥した葉っぱをただ巻いたようなタバコで、一番安い。しかし、フィルターもないもないので辛い。唇や歯に茶色い脂がべったりと付く。その脂を吸いながらチャイを飲む。

 「はああ、極楽、極楽。」

 生きるってこういうことだよなあ。

 と、茶色い脂を付けた歯を覗かせて、ぼくはタバコを呉れた彼にニタリと笑い掛ける。そのおかえしに、彼も脂の着いた歯でニタリ。

 それから、なに遠慮なんて水臭い。おれとお前の仲じゃないかとインドにいわれた気になり、1リットルのミネラルウォーターの空きボトルにしこたま吸いがらをため込むようになった。

 それがせめてものエチケットじゃないか。

 そう思っていたのはほんのつかの間に過ぎなかった。

 旅ももう終わりに近いある日、ぼくはカルカッタに帰る汽車に乗っていた。そして、もうすっかり習慣化した通り、性懲りもなくよその国の窓の外タバコの灰をまき散らしていたのだ。
 振り返ると、開け放たれた乗降口から身を乗り出し、気持ちよさそうに風に泳ぐ少年一人。

 その少年と目があった。

 まさか。

 少年の目が怒っていた。

 彼はぼくの席までやってきて何かまくしたてる。しかし、それが英語でないのでまるで分からない。でも、怒っているのは分かった。

 カルカッタにはリタと向かっていた。

 リタはその少年の主張を英語に通訳してくれる。英語とてそんなに分かるもんでも無いが、ヒンディー語(おそらく)よりは全然いい。ぼくは黙って頷き、リタの言葉を聞く。

 以下に少年の心の叫びを詳細かつ正確に再現することを試みる。

 「灰がかかったじゃねーか! オタンコナス!」

 ぼくは少年に手を合わせゴメンをする。そして、三分の一ほど残っていたミネラルウォーターのボトルを空け、彼にやる。(インドの貧しいとこの子供は欲しがる)

 それがきっかけで、リタと子供は話すようになった。

 リタの話しによると、彼には両親が無く、兄弟も、住む家もなしの正に天涯孤独の身の上らしい。両親がいないとはいっても、死に別れたというわけでは無く、父親はプイとボンベイに一人、母親は別の男と何処かへ消えてしまったそうだ。

 リタはその少年を不敏におもい、ヴァラナシで一緒に暮らそうという。そんな、猫の子でももらうように、大事なことをさらりというリタもリタだが、その少年はリタの誘いを断ると、それにもましてすごいことをいった。

 「ぼくは電車の中で大きくなって、ボンベイに行く。」

 少年には強がりも、肩に力のはいった様子もなかった。

 「電車の中で大人になるだと・・・・・・男だねえ。」

 まだ七つか八つの子供だっていうのに。ぼくは彼のその不遇な境遇への同情より寧ろ、電車の中で大きくなるという、そんな大それたことをさらりと言える強さに感服せざるを得ない。飾り気のないその強さに、尊敬だけでなく感動させられる。だから、ぼくはいつの間にかべそをかいている。
 リタとぼくは幾ばくかの手持ちの金をカンパし、おやつにでもとリタの買ってくれた蜜柑を三つほど添えた。しかし、これだけでは気が済まない。ぼくは自分の手に巻いた、数珠を金に替えるといいと彼の首にかけてやった。しかし彼は、これは受け取れないと言う。
 リタの説明によると、彼にはこれをさばくだけの手だてが無く、首にかけていても、誰か強い者に奪われてしまうだけらしい。

 「サバイバルだ。」

 何時か汽車でぼくの前に座っていたジュイッシュがぽつりと呟いていた。駅に停車した汽車に群がる子供たち。彼らは窓の下にたち、何かしきりに叫んでいる。その様子を見ていた彼がミネラルウォーターの空きボトルをほおってやると、子供たちはワッとそれに向かう。一人の子供がやっと手に入れたボトルは、しかし、力の強そうな別の子供にあっけなく渡ってしまう。

 「サバイバル」

 インド社会の下層に生きる人々はだから強い。子供の頃からこんな環境の中大きくなるのだから。

 この国には彼らのような子供たちがたくさんいる。

 彼らはそんな中生きて行く。だから、彼らの生きるための努力は言うまでもない。しかしそれは、この国の人々の個人的、相互の援助無くしては到底できない。

 「この国の社会保障制度はなってない。」

 そう言っていたのは、デリーであった日本人大学院生だった。全くその通り。この国も金持ちのために政治を運用している。国民の大多数が貧困にあえぐ中、日本人には想像できないほどの金持ち、マハラジャが、税金を払うか払わないかで駄々をこねていたりするのだから。
 しかし、政治が彼らを見捨てたって、この国の彼らのような子供たちはちゃんと生きている。これはインド人たちの情のあつさを表す良い見本ではないか。

 「資本主義が進むに連れて個人までもが商品になる。」

 マルクスがそう予言したとおり、ニッポンジンは大切なモノを失った。その大切なモノがインドにはまだまだ残っている。



― 了 ―

【Memo】

※二等車:

ぼくが何時も乗っていたのは二等寝台で、お薦めは三段目。しかし選べないらしい。昼間、二段目の寝台は畳まれてしまうのだが、三段目はベッドのまま。何時までもうだうだできる。

※リタ:

ヴァラナシ、ガンガ・ゲストハウスのまかないのおばちゃん。とある事情からぼくはリタと、カルカッタへ向かうことになった。(「三つの時計」を読んでみて)

※ボンベイ:

南インドの大都市。貿易港。物価がだいぶ高いらしい。コーヒーがうまいらしい。

※マルクス:

ドイツの学者。その著書「資本論」は余りにも有名。でも、読んだことがある人は殆どいない。マルクスの名前に「共産主義者か、お前?」と聞いてくるような奴に賢い人間は皆無。だからぼくも賢くない。彼はいわゆる共産主義者ではない。人々がより素晴らしく生きるための社会について何時も考えていたに過ぎない。その結果の社会の形を彼は共産主義社会と呼んだが、現在、一般的に考えられている共産主義とは違う。なんて、ぼくは彼の著作は一つも読んだことがない。

※ジュイシュ:

電車の中であるとき観光客だけの席にすわった。その時ぼくの前にいたのが彼で、半年かけてインドをバイクで旅行しての帰りだと言っていた。むちゃくちゃ明るい彼はジュイシュ(ユダヤ人)で自国の物価が高すぎると笑いながら嘆いていた。(コーラが2ドルすると言っていた。)

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