インド旅行記、アジア旅行記
他・インド諸事情(その1) ―――――――――――――

『エレクトリック・ホット・シャワー』
『トイレット・ペーパー』
『小耳に挟んだうわさ話 〜800ドルの男〜 』 



25 Mar 1996
『エレクトリック・ホット・シャワー』


 午後一時、アーグラに着いた。
 ヴァラナシを出て、二十四時間余り。ひどく疲れた。だから、今日の宿は思い切ってお湯 の出るシャワーのついたホテルに泊まる。
 SAKURA(サクラ)ホテルの103号室。 この部屋のシャワーは、しかし侮れない。 一泊125ルピーもしたのだ。当然と言えば当然の特別製。
 日本でも今人気のしびれるお風呂。 そのインド版とも言うべきか。 なんと、エレクトリカル?エキセントリック?シャワーなのだ!
 蛇口を開こうと触ると、ビリッとくる。しかし、その「ビリッ」 上記したよう侮ってもらっては困る。「ビビビビッ」いや、 「ビビビビッビビッビビビッビリビリ」の方がしっくり来 るくらい激しい。だから痛くてとても素手では回せない。

 「なんだこの部屋!」

 ぼくは、しかししかし冷静になって考えた。
これは体に良いに違いない。神経痛なんかにも効くのだろう。 最新設備の「エレクトリック・ホット・シャワー」付きで、 この値段はなかなかリーズナブルではないか。

 そう考えることにして、タージ見物に出掛けた。

(了)

【Memo】

※タージ:タージ・マハールのこと。
※しびれるお風呂:96年当時、テレビで昨今の銭湯事情の番組をみた。銭湯は今どこも経営不振で、客を呼び込むために風変わりな?装置を必要としていた。そんな中に微電流を流し、血行促進効果をうたう電気風呂をみかけた。



『トイレット・ペーパー』


 「インドの便所には紙がない。」というのは聞き知ってはいた。
 だからぼくは、ワンロールのトイレットペーパーをパック に潰し詰め込んだ。
 トランジットでバンコクに寄った。 宿泊は日本から予約をしておいたマノーラ・ホテル。 (1.100バーツ)少し古いが大きくて立派なホテルだ。しかし、トイレットペーパーをつける所はあっても肝心 の紙がない。ぼくは早速トイレットペーパーをパックか ら出して使った。
 翌日はカオサンに移り、安い宿を探した。 一泊60バーツ。昨日のおよそ二十分の一の宿の便所に はやはり紙がない。だから、部屋に紙を取りに戻った。

 が、ない。どうやら前のホテルに忘れてきたらしい。
 では、しかたない。ぼくは旅行二日目、インドに着く前にインドの作法で 処理をおえた。

 手と尻の会話。

 手「なんか気持ち悪いなー。温かいし、柔らかいし、いくら自分のモノでも、抵抗感じちゃうな。」

 尻「いやーええ感触でしたわあ。気持ちええなあ紙なんかあきまへん。拭いてる、いうより擦ってるだけちゃいまっか。」

 手「そりゃ、確かにきれいにはなるだろうけど、ぼくが汚れるじゃないか。」

 尻「細かいこと言いなはんな。そのうち、慣れるかて。ほんまのこと言えば、あんさんが一番汚れなんやで。」

 それ以降、ぼくは用足しの後、紙を使わず手を使った。

 一月余りのインド滞在を終え、バンコクの空港でトイレに入る。そこには大きなロールが二本も備え付けられていた。無論便器の側に、手を洗うための蛇口も桶もない。
ぼくは一月ぶりに紙を使った。

 「痛いなー。なにすんのや、痛いやないけ。」尻は言った。

 「もう、やんないの?なんか寂しいなー」手が言った。

 ぼくはもうインドは終わりなんだと、そう思った。

(了)


【Memo】

※手を洗うための蛇口や桶:
インドの便所には座ったまま手の届く場に小さな蛇口や水を組む桶が必ずある。尻を手で拭いたらその水で手を洗う。
  写真は、ブッダガヤブータン寺の便所。小さな蚊が足元と言わず、頭のうえにまで、たくさん飛んでいた。長丁場になるのであれば(下痢、便秘などね)蚊取り線香が必要。一泊、60ルピーほどの宿舎の便所だが、ブッダガヤは田舎であるゆえこうも汚いのか?
 ぼくの泊まった中で一番汚い便所だった。
 鍵は壊れていたが、ちょうど、ドアの方を向いて用をたす形になるので、人の気配を感じたら、慌ててドアをおさえる。そんな自分の姿を想像するとなんとも情けない気分になる。
 電気つかず。夜は、とっても怖かった。 写真右に手を洗うための蛇口が見える。

※パック:バック・パック。でっかいリュック。



『小耳に挟んだうわさ話』 800ドルの男


 その男は昔ヤンキーだったらしい。
 だから、幾つかの 修羅場をくぐり抜けてきた。か、どうかは定かではない。しかし彼、無謀にも夜のカルカッタに一人で降り立った。
 空港で拾ったリキシャはカルカッタ市街に向かっていた。 彼が、リキシャマンにそう行き先を告げたのだから、お そらく向かっているに違いない。しかし、実はそのリキ シャ、市街とは別の方角へ走っていた。

 インドの闇は正に深い。

 深みに向かってどんどん走るリキシャ。

 すごんだ声に「降りろ」といわれ降りてみると、プロレ スラーが立っていた。正確にはタイガージェットシンに 似た髭男が見下ろすように仁王立ちに立っていらっしゃ った。というのが、この場合の彼の気持ちを代弁するに ふさわしい。
 さて、悪いことに彼は日本でどうやら小銭をため込んで 来たらしい。 更に悪いことは、たった今インドに着いたのだから、金は 1ルピーだって使ってない。まだリキシャの運賃すら払っ てないのだから。

 ジェットシンはいきなり殴ってきた。

 こてんぱんに、彼を殴るだけ殴るとジェットシンは何も 言わず立ち去った。

 それと入れ替わるように集まってきたインド人たち。ぐるり彼を囲むように心配そうに集まってきた心優しき 庶民たちはしかし、妙なことを言い出した。

 「これ以上痛い目に遭いたくなければ、800ドルでシュ リナガール行きのツアーを組みな」

 彼は遠くでジェットシンの目がキラリ光るのを見た。

 三日後、病院で手当を受けた、痛々しい格好の彼が、 それでも楽しそうにシュリナガール観光をしていた。 と、いう話し。

(了)



【Memo】

※リキシャ:
リキシャにはオート・サイクル・そしてただのリキシャがある。オートは小型三輪自動車で、サイクルは三輪自転車。リキシャは" 力車 "と書き?読んで字のごとく、人力なのだ。ここではオート・リキシャかと思われる。

写真は、リキシャ・ワーラーの後ろ姿。人力のリキリャは現在、カルカッタにしか残っていないと言われている。 木製の車輪は、小さな轍にも直ぐ反応し、 ガタガタと振動を拾い、乗り心地はよろしくない。また、リキシャワーラの必死の仕事ぶりを、のほほんと高みで、ふんぞり返って見ているのが、なんとも申し訳ない気分になる。 この時、ぼくはカルカッタの親分と映画館に向かっていた。(カルカッタの親分:「アホ・グルグルパーの親分」参照。)

※シュリナガール:
インド北西、パキスタン国境に隣接する避暑地?ぼくはここに行きたかったが、紛争中の噂、金銭的事情から見送ることになった。湖に浮かぶ宿、ハウスボートが有名。

※タイガージェットシン:
全日本プロレスの悪役レスラー。色黒のその男はターバンを巻いている。サーベルを振り回しよく暴れる。