音。
その高い音は、薄ぼんやりとした、ほの暗い深みに向け、次第に大きさを増した。初め、ゆっくりとこだまするよう頭の中を回っていた音が、やがて、明確な区切り、規則正しい繰り返しだと判って・・・
飛び起きた。
昨日の晩、二つの腕時計のアラームを六時にセットした。
しかし、今、このモーニングコールは、チェックインの際、八時に、と頼んで置いたものだ。
つまり、八時である。
待ち合わせの約束は、十時。
ここが何処なのか判らない。地図を見ても持っている地図は縮尺が大きすぎて判らない。どちらが北か南か東か西か、右も左も判らない。
荷物をまとめ、ホテルを出た。途端、ホテルフロントにたむろしていたインド人の一人に声を掛けられる。ぼくは、ホテルの前、左右を振り返り、見当を付ける。付くはずもないのだが、どうやら右に向け、歩き始める。朝だというのに日差しはまるで日本の春、昼のそれよりも強く、この明るさである。「日の光は、全ての人に平等に降り注ぐ。」と。否、明らかにこの国の太陽は大きく、力強く、明るく、そして暑い。
人々の顔。町並み。埃の臭い。オートリクシャのしけたエンジンの音。車のこれでもかというけたたましいクラクション。道ばたのゴミ、ゴミ、ゴミ。
インドに来た。ぼくは再び、この国、インドに戻ってきた。
男は歩きながらしきりにツーリストインフォメーションに誘う。ぼくはひたすら無視を決め込んで歩く。道ばたにいるオートリクシャに道を訪ねると、一時間程歩くとの返答。歩くのは構わないが、道が判らない。さて、ほとほと困ってしまった。困ったので早速そのリクシャに乗ることにした。
デリーの街と言うのは、いい加減どこもかしこも同じに見える。
大きな交差点はみなロータリーになっていて、その規模はまちまちなのだけど、みな同じに見える。ロータリーの中、芝の緑が美しい。大きなロータリーには噴水が、高く抜けた青空に柔らかな白い霧を大きく広げ、その様子が如何にも涼しげで、清々しい。
しかし、このリクシャ一体、本当に進んでいるのか、同じ処を回っているようにしか思えないのである。同心円から放射状に伸びるよう区画を切られた街が、ぼくは苦手だった。友達の住む、日吉も駅を中心に放射状に道が延びていた。ぼくは、方向を方角では無く、右とか左で捕らえる。そして、方向音痴でもある。だから、苦手だ。
リクシャは二十分ほどだろうか、ぐるぐると回ると、道ばたに車を停めた。
「ここがアショカヤトリニワースだ。」
広い野原の中にぽつんと二階建ての建物。
目を疑う。
話に聞いていたそのホテルは、一泊500ルピー位。アショカグループでは最低ランクのホテルだが、その辺のゲストハウスとは格が違う。ぼくが四年前、デリーのパハルガンジで泊まったゲストハウスは90ルピーだった。
野原の中にぽつんとある建物は確かにそこそこ綺麗ではあった。
しかし、それにしてもこんなに小さなホテル・・・だとは知らなかった。
「でも、今日はここは泊まれない。」と、運転手。
「なんで?」
「クリントンが来るからさ。」
「またまた。」
「クリントンが来るから、デリー、コンノートプレイス周辺のホテルは皆、その警護の為アルミーに開放される。」
「そう、じゃあ、ぼくはここで降りる。」
「いかんいかん。今日はムスリムの祭りの日でもある。その辺を歩いていると危険だ。殴られるぞ、刺されるぞ、荷物捕られるぞ、殺されるぞ。」
「・・・」
と、そこに、やせた背の小さな男がにやけ顔でやって来た。男の顔は、私は嘘吐きですという、長年の業がにじみ出たような、しかし、極悪人というより小狡いチンピラ風情の顔で、だから笑顔の歪み具合もなかなかである。
「どうした?ジャパニかお前?」
「そうだよ。日本人。ところでここはアショカかい?」
「そうだが、今日はここには泊まれない。フロントに行って見ろ、アメリカアルミーにぶん殴られるぞ。」
男は、にやけながら、ぼくの頬をぺしぺしと叩く、それは威嚇のつもりなのか、親しみの現れなのか、ただ、どちらにしても煩わしい。
「今日は、それにムスリムの祭りだ。」と、またペシとやる。
「せいぜい、気を付けるこった。」
そういって、その男は去っていった。
と、続けざまに今度はやたら大柄な、レスラーのよう肉付きのいい男がやって来る。
「どうした?」
ぼくは男に現在地を確認しようと、地図を渡そうとした。
すると、突然男は、「ふざけんな!」だか「なめんな!」だか、そう怒鳴り、地図をひったくり、投げ捨て、殴った。
ぼくは、左頬を殴られ、訳も分からずに頭が白くなった。