インド旅行記、アジア旅行記

ガヤの乞食 ――――――――――――――――― 1996 13 MAR

 

 ブッダ・ガヤー

 およそ二千五百年の昔、シャーキャ族の王子として生まれたスィッダールタが世を捨て、苦行の末に行き着き、覚りを開いた地。
 カルカッタ・ハウラー駅から、ガヤー駅まで 3009Doon Exp.で約九時間。二十時三十分ハウラー発、五時五十二分ガヤー着。
 (地球の歩き方より)

*    *    *    *    *

 ガヤーに着いたのは午前十時半を少し過ぎた頃だ。
 予定より四時間半は遅れた計算になる。インドの鉄道は時間にルーズだと話には聞いていたが、四時間半もの間、ぼくらを乗せた電車は一体どこで道草を食っていたのか、不思議に思う。タラップからホームに降りると、そこは閑散とした開けた大地で、目に映るのは澄んだ蒼い空と薄茶の丘、そして枯れ草色のまばらな植物だけだった。
 ここは本当にガヤーなのだろうか、ぼくは些か不安になる。

 それにしても暑かった。

 遮る物もなく、日の光は何のためらいもなく落ちてきた。乾燥した熱風が、それでも心地よく感じられるほどだった。

 ガヤーからブッダ・ガヤーまでぼくらはバスで向かった。

 ぼくらというのは、昨日の晩カルカッタのハウラー駅で知り合いになった日本人の女子大生と一緒だったからで、ぼくも彼女も初めてのインド独り旅のせいでお互い不安だったのだろう、どちらからというわけでもなく、行動を共にするようになった。
 バス停までの間、サイクルリキシャに揺られ、ぼくはさっき駅で会ったインド人の少女を探していた。

 その少女のせいで流した涙。
 しかしその涙は、もうすっかり乾いていた。



 その少女に会ったのは、ガヤー駅でのことだった。ぼくらは電車から降りると、ブッダ・ガヤーの次の目的地、ヴァラナスィー行きのチケットを予約すべく、駅構内のリザベーションセンターへと向かった。そこはインドの人々で混み合っていた。皆、チケットを取るために窓口に群がるようにして並んでいた。
 ぼくはツーリスト専用のリザベーションセンターでのチケットの予約の経験が、ここにくる前、カルカッタで一度あった。しかし、そこはがらんとしていた。
 カルカッタのリザベーションセンター、ぼくを含めてあと一組の客が居るだけで、親切に色々と教えてくれた。その場所は突き当たりの薄暗い階段を上がった所にあり、エアコンが効いていた。その階下ではインドの人々、一般に旅券を求める人々が、暑い中やはり群がるようにして窓口に向かっていた。
 この国ではツーリストは優遇されていた。
 しかしここガヤーでぼくらは一般に混じって切符を取らなくてはならなかった。日本人らしき姿はぼくら二人以外にはなかった。ぼくらは列の最後尾に並んだ。手続きは一向にはかどらない。天井で申し訳程度に回る扇風機もぬるま湯をかき混ぜるかのようでしかなく歯痒いだけだった。そんな中人々はじっと待ち、澱んだ水のように唯揺れていた。

 と、誰かしら、ぼくの腕をつつく者があった。

 振り返ると、インド人の小さな女の子が立っていた。八つか九つ位の少女。ぼろをまとい、黒い髪はぱさぱさで、この土地の乾いた風に逆立っていた。大きなくりっとした二重瞼には目やにがこびりついていた。日に焼けた黒い顔は垢と埃に煤けていた。小さな鼻の下、ひからびた川のように彼女の鼻水が軌跡を描いていた。でも、生命力あふれる、愛くるしい少女だった。

 彼女は乞食だった。

 ぼくは今まですれ違ってきた旅人たちに教わったよう、彼女を無視した。彼女はぼくのシャツの袖を引っ張り、か細い声で何か言った。五分ばかりだろうか、そうしてぼくに付きまとった。ぼくはその間中ただ前を見て彼女を無視し続けた。
 次に彼女はぼくの前に回り込むと、しゃがんでサンダルに触れて見せた。そして両手を合わせて言った。それはやはり口に含むようでか細い声だったが、今度は聞き取ることが出来た。

 彼女は「バクシース」と言っていた。

 それは「お恵み下さい」的な言葉だと聞く。
 元来宗教のありがたい教えの中の言葉らしく何か別のもっと深い意味があるのだそうだが、観光客にとってそんなことはどうでもいいことで、ぼくは「金をくれ」位にしか理解していなかった。
 彼女はぼくの旅塵にまみれたサンダルに触れると合掌し、手を伸ばした。

 とても小さな、頼りのない手のひらだった。

 それでもぼくは頑なに彼女を黙殺し続けた。

 しかし彼女は諦めなかった。

 今度はサンダルに額を押しつけた。まるでぼくを拝むかのように、足の甲にぬかずいた。そこにはもう、ぼくの知る、人間としての尊厳もプライドも無かった。主人に餌をねだるペットのような惨めさ、卑屈さだけが在った。

 ― 何もそこまで ―

 と、同時に多くの考えが頭を巡った。

 ぼくがこの国に来て、否、来る前から、日本から持ってきた、意識のどこか下の方にあった偏見。そう、それはあまり言いたくはないのだけれど、「乞食はインドの名物。(発展途上国の観光の一つ)」
 そんな、ばかばかしい考えが投げ出された。
 ぼくは自分が彼女たちに対し抱いてきた自分の考えを改めて思い知った。

 「彼女も同じなのに・・・」

 たまたま白人に、たまたま黒人に、たまたま黄色人種に、そう、ぼくはたまたま日本に生まれ、彼女はたまたまここで生まれた。それだけのはずだった。

 しかし今ここに、こうして在るこの差は一体なんなのか?

 それともこれは初めから決まった必然というやつで、ぼくらの運命、人生はもうすでに決まってしまっているのだろうか。

 ぼくの認識は甘かった。

 「人間は皆平等であるべきだ。」

 そんな言葉、幾らでも言えた。

 実感の伴わない軽薄な言葉。

 ぼくは自分の偽りのない気持ちとしてその言葉を使っているつもりだった。しかしぼくは心の底で彼女たちを蔑んでいたのだ。その証拠にぼくは乞食が観光の一部だと考えていたではないか。

 彼女の額の温もり、彼女の体温。

 ぼくは彼女の人生の刹那にこの手で今、触れた。ぼくはまだ触れるべきではなかったのだ。そして激しい後悔がぼくを襲った、この国に来たことに対する、そして彼女にあったことに対する後悔が。

 「インドで力強く生きている人たちを見に行くんだ。」

 ぼくはインド旅行の訳をそう言って友達に説明した。ぼくは得意げだった。初めての海外にインドを選んだことが、一人旅が、あまり金を待たないことが、そしてぼくはインドに生きる人々の生活を見に行くという理由すら誇らしげだった。

 いい気なものだった。

 しかし現実を前にして、ぼくは自分の存在の小ささに自らを哀れむのが精一杯だった。

 「ぼくには何も出来ない」と。

 自分を責めることで、ここにある現実から逃避しようとしていたのかもしれない。

 彼女に金をやることは簡単なことだった。しかし、それで彼女が救われるとは思えなかった。
 彼女の一生は金を乞うことだけに費やされてしまうのか、そう考えるとやりきれなくなった。何もそれは彼女に限られた問題ではなく、この国では同じことが掃いて捨てるほど在った、空気のようにあらゆる場所を包んでいた。

 「食料を金を与えても何ら抜本的解決にはならない。当座しのぎの気休めでしかない。いぜん爆発的に増加の一途をたどる途上国の飢餓人口に、一体、ボランティアがどこまで追いすがれるのか。」

 何もしないぼくは、そんな知った風な口振りで、ボランティアを小馬鹿にしていた。

 ほんの短い間に諸々の考えが頭の中で勝手に合致し、そして乖離した。ぼくの頭の中は混乱し何も判らなくなった。

 目頭が熱くなり、とたん涙が溢れだした。

  

  

 日本。

 たくさんの物に囲まれ、不自由の少ない生活。人間関係はどこまでも希薄に、疎遠に、煩わしさも押し付けがましさも何一つ無かった。

 白々しい空っぽの言葉。

 無感動な形容詞。

 エゴイストたち。

 肥大した自己顕示欲。

 疑心暗鬼の重圧。

 ぼくは日本にいて幸せについて考えていた。幸せになりたいが為に、幸せについてよく考えた。しかしまだ見付けてはいなかった。
 それは車を買っても、コンピューターを、新しい大きなテレビ、最新のビデオ、立派なしつらえの机を手に入れても、分厚い本、ロックのCD,およそ消費され得るべき物の中には見付けることは出来なかった。

 ぼくは、このインドに本当の幸せがあると信じて来た。貧しくてもきっと幸せに暮らす人がたくさんいる国。それがぼくの想像していたインドという国のイメージだった。

 しかし、現実は違った。

 必要最低限の物、毎日の食事さえ採ることの出来ぬ彼女たち、その結果のあの行為、幸せとは縁遠い生活がここにはある。

 ぼくは列を離れ、駅の片隅にうづくまり、一人で泣いていた。

 「ツーリストだって?」

 「ばからしい」

 「そんなことして、一体何になるんだろう?」

 「今日食べる物に欠く人間がここで手を出しているのを目前にへらへら笑っていられるほどぼくは強くない。」

 ・・・強く・・・

 バンコクで一緒だった学生は、得意げに言っていた。あれは、そう、ぼくがやはり乞食に金を乞われておろおろしていた時だ。

 「乞食はね、いちいち相手にしてちゃダメですよ。ガイドブックにあったでしょ、こういう所では乞食は無視して歩かなくちゃ旅は前に進まないってね。無視、無視、乞食になれなくちゃ。」

 ・・・慣れる・・・

 果たして、ぼく一人慣れてしまえば済む問題なのか。

 ぼくはもうこの旅を辞めて帰るべきだとさえ思った。

 少女。

 彼女はそんなぼくを、急に泣き出し隅の方でうずくまっている変な観光客を、少し離れた所で見ていた。別にそれだけで、何もしなかった。ただ心配そうに見ていた。
 彼女のそんな姿に、ぼくは又悲しくさせられた。
 手の中で小さく丸められた百ルピーは、ヴァラナシ行きの切符代だった。ぼくはその金を彼女の足下に投げつけた。

 ぼくは疲れてしまっていたのだ。

 泣くことに、そして考えることに。

 だから、その原因である彼女の姿をもう見ていたくはなかった。少女は足下の紙切れを不思議そうに拾うと開き、果たしてそれが百ルピーだと判るとはしゃぎ、どこかへ去った。

 「偽善者、そんなぼくを偽善者と呼びたければ呼ぶといい。」

 「でも、一つ教えてほしい」

 「善って一体何なんだ?」



 それから暫くして、日本人の彼女が戻ってきた。彼女はぼくの様子を見て、「どうしたの、何かされたの?」と母親のような優しさで聞き、そして「切符買えなかったよ」と少年の爽やかさで言った。
 僕たちは駅をでた。バス停までの道のりは、サイクルリキシャを拾った。

 彼女がガイドブック片手にインド人のリキシャ・ワーラーと値段の交渉をしていた。

 ぼくは町の中、少女の影を探していた。


― 了 ―

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