インド旅行記、アジア旅行記

騙すほう、騙されるほう ―――――――――――――――――

 

 「インドに行ったら騙されないよう、気を付けること」

 「日本人はいいカモだから、カモられないように」

 「15ルピーだって!高いよ!高い! だって、適正料金は5ルピーだろ?」

 「きちんと適正料金を知って、 ふっかけられないようにしなくちゃね」

 「エー500バーツも取られたんですか! ちょっと待って、あっ、あったあった、 えーと水上観光は、一時間前後で300〜500バーツ。 へー、珍しいこともあるもんですね、適正ですよ。 じゃあぼくも行きたかったなあ。」

 日本人観光客。

 インドでも、タイにおいても、皆いつも金をほんの僅かで も多く取られないかと怯え、意固地になって適正料金にこ だわり、何もかもをその適正料金で求めようとする。

 「20ルピーだって!エー、ちょっと高いんじゃない、 それ。騙されてない?」

 言うまでもなく、ぼくも又その中の一人。

 「How Much ?」
 (いくら?)

 「5Rs ?」
 (5ルピー?)

 「One Person ? Tow Persons ?」
 (一人でなの? 二人でなの?)

 「Tow Persons' 5Rs ? OK !」
 (二人で5ルーピーね? いいよね。 じゃあOK)

 「なるべくおつりの無いようにね。丁度を出すようにね。 そうしないと、 ノーチェンジとか言われて出した金全部取 られちゃうからね。」

 「騙されてるよ、それ、だって5ルピーがほんとの値段だよ。」

 ぼくが10ルピー買ったリングを指して言う人。

 「騙されてるよ!」

 「騙されるなよ!」

 「インド人に騙されるな!」




 ガイドブックを見て「適正料金」でリキシャに揺られながらぼくは考えていた。リキシャワーラーは必死にペダ ルを漕いでいる。引き締まった、細いしなやかな彼の背中 が、時折ピクピクと痙攣を起こしたように震える。ビッシ ョリとかいた汗が、彼の臼汚れた灰色のタンクトップを黒 く染めていく。

 そんな彼の姿を眺めながら、ぼくは考えていた。 『労働の価値』と言うものについて。
 同じだけの重労働をしても、我々とこの国の人々の収入が こうも違うのは何故だろうと、何故同じだけ辛い目にあっ ても何十倍もの収入の差が生まれるのだろうか、と。

 「そんなの、国の経済力の差に決まっているじゃないか。」

 と、したり顔であのつまらない教科書のような台詞を吐く彼。

 経済力の差だって? それは一体何の話しだ? GNP? GDP か?それともGNPに占めるODAの割合なのか? 税収の話? 自由経済か否かということ、経済にどれだけ政治が関与しているかということか? 産業の発展? それとも、金融の信用の問題なのか? 何を見てものを言っているんだ? 新聞か? 夕方のニュース番組? 朝までで生テレビ? そんな話、もう、うんざりだ。聞きあきた。

 比較すべきことは、このぼくの目の前で汗を流しているリキシャワーラーとぼくらが国へ帰ってするいわゆる3k労働との間ににどれほどの価値の差があるかということだ。

 ぼくらを乗せたリキシャは、先の尖った陽射しの中、土埃を伴 って進む。客をその暴力的な陽射しから守る為の幌が、未舗装の道、轍を越える度に軋み、大きく揺れた。唯でさえ低いその幌のおかげでぼくは背中をせむしみたいに丸めていた。加えてその骨組みのスチールパイプが揺れる度に頭をこづいてくる。

 ぼくはその煩わしさに閉口している。

 それで、難しい顔をしている。

 町中を走るぼくらを乗せたリキシャ、人なっつこい笑顔で手を振る子供たち。リキシャワーラーの背中のシミは益々大きく、広がっていく。

 「騙しているのは先進国、ぼくらの方だ!」

 この労働についての価値の差が、如実に語っているじゃないか。 ぼくらは明らかに楽をしての彼らの何十倍もの金を稼ぐ。
 自国ではまるではした金だったのに、この国に来ることによってちっぽけな金が魔法でもかけられたかのように大金に変わるのだから。

 魔法。

 その魔法がつまり我々の遣り口で、騙しのテクニックなのだ。

 彼らは騙された分を取り戻そうとあの手この手でぼくらから ほんの小銭を巻き上げて行く。

 それに怯えるぼくら。

 魔法を遣って、金を何十倍にも増やしても5ルピーや10ルピーに目を血走らせているぼくら。

 そんなぼくらは一体何なんだろう?

 そして今日も言うだろう。

 「えーっそれ50ルピーもしたの、そんなの20だよ、20、 騙されてるよ、騙されてるよ、絶対!」

― 了 ―

【Memo】

※ルピー:

インドの通貨単位。当時、一ルピーは三・五円だった。

インドに暮らす人々の感覚では一ルピーは百円前後らしい。

この下の単位はパイサという。

※バーツ:タイの通貨単位。当時、一バーツは四円だった。

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