| インド旅行記、アジア旅行記
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| アホ、グルグル・パーの親分 ―――――― 1996
10 MAR
「日本人はおれのことをアホとかグルグル・パーって呼ぶんだ。」
少年は言った。 ぼくは、口に運ぶスプーンの手を止めた。中空で行き場を失ったスプーンの上のドライカレー。それにねらいを定め蝿たちが鈍いうなりで飛ぶ。 やや上目遣いに彼を見た。 そこには色の黒い、端正な顔つきの中に未だ あどけなさの残る少年の顔があった。 彼は続けてこう訪ねる。 「なあ、アホとかグルグル・パーっていい意味か?」 * * * * * 彼に遭ったのは、サダルストリート。 ここカルカッタにおける貧乏旅行者の基準点と言われる。そして、それは言うまでもなくカルカッタ一の安宿街であることに所以している。 歩く。歩く。 「ヘイ、ジャパニ!ホテル、ショウ ユー」 変声期を迎えたばかりのような、妙ちくりんな声。それは、説明するには少し困ってしまうのだけれど、まだほんの少しテノール混じりの低くかすれた声 とでも言うのかしらん? そんな声に、ぼくはふと振り返る。 そこに立っていたのは精一杯の作り笑 いで愛想を振りまく、小汚いなりの少年だった。 「ノー、アイ ファインド ホテル マイセルフ」 吐き捨てるようにいい、歩調をあげた。それに合わせ、半ば小走りに食い下がろうとする少年。今日の宿はタイ航空の機内で"スターホテル"に決 めていた。否、本当は違うところでも良かった。しかし、彼に会って意地でもそこを探さねばという気になった。でも、その場所が判らない。ガイドブックを見れば分かることだが、彼の手前、自らの弱点(インド初心者だと言うこと)をさらけ出すようで咎められる。やがて、サダルを抜け光に満ちた大通りへ出た。 「ジャパニ、ヤスイネ。チープ、ホテル。」 少年は小走りについてくる。 歩く。歩く。 明るい太陽の下出たのは良かった。しかし、ここは印度、日向にいるのはひどく暑い。日本の軟弱 な太陽光線にさえ音を上げるこのぼくが、インドの野放図なそれにかないっこないし、いい加減、歩き疲れもした。 (冷房の効いた喫茶店のふかふかのソファー。 冷たくひえたアイスコーヒー……。) 「コーラ、コーラ! アイ・ウォント・トゥ・ドリンク!」 弱音を吐くぼく。 少年はぼくの前をさっそうと早足で歩く。 ぼくは遅れまいと、肩からずり落ちようとする重いバックパックを引き上げながら続く。 ほんの二分前まで、逆だった立場を思いだす。 そして、ついつい口元が緩む。 やがて彼は一軒の露店の前で立ち止まる。 「ヘイ コカ・コーラ ヒヤー」 「ノー アイ・ウォント・トゥー・スィット!」 「OK!ショウ・ユー!ショウ・ユー!」 そう言ってまたどんどんと歩き出す。 ぼくは今どこにいるのかも判らずに、ただ彼の後を追う。 追う。追う。 街角に一軒の小さな雑貨屋があった。店の間 口は半畳にも満たない、日本で言う丁度駄菓子屋のような店構えのこじんまりしたものだ。彼は自信ありげにいう。 「ヘイ・ユー・スィット・ダウン・ヒヤー」 「ノー!アイ・ウォント・トゥ・ゴー・カフェテリア」 「OK!OK!」 結局、彼に連れられてたどり着いたのは、満足に外の光も入らない、薄暗い小さな大衆食堂だった。無論そこには冷房もふかふかのソファーも、アイスコーヒーもない。しかし、少年は主人のぼくの伺いもたてず一人勝手に店に入り、適当な席を見付けて座った。ぼくも、疲れたので彼の前に座る。 「ぼくはこのカルカッタに三日間いるから、その間 ぼくのガイドをしてくれ。そうしたらこのブーツをやろう。」 バックパックにくくりつけたブーツは未だ三回位しか履いたことのないものだったが、足に合わず、少し歩くと靴擦れがした。 タイ初日からバックパックの後ろで鈍重そうに揺れるそのブーツは、だからいわば「お荷物」でしかなかった。それに、サンダルで歩く方が気楽だし、全然気持ちよいのだ。 そろそろ行こうと、 そう言いだしたのは彼の方だ、主導権は既に彼にあった。ぼくは二人のチャイ代四ルピーを払おうと五十ルピー紙幣を出した。すると店番の少年は迷惑そうに釣りがないと首を横に振った。ハシモト少年は店番の少年に何か話を付けると、両替屋に連れてくから付いてこいと店を出た。 「アバディン……」 「日本人はおれのことをアホとかグルグル・パーって呼ぶんだ。それは、いい意味か?」 アバディンは言った。 ぼくは正直に教えた。 ぼくはその痩せた背中を追いながら、アバディンをここカ ルカッタでの親分にすることにした。 ― 了 ― |
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